ー空中スケッチ + FIFTIES 公式サイトー

2019年6月27日 のアーカイブ

僕たちの時間

【イーハトーブの5月の風景 2018年5月撮影】

『僕たちの時間』

気がつくと平成から令和に変わっていたって感じ。

元号が変わろうが、僕らの生活は基本的に何も変わっちゃいない。当たり前だろ。

むしろそれより、逆に元号が変わる以上に、毎日変わっているといった方が良いかもしれない。停滞や思考停止ってのは、日々の変化に気づかない周囲のイベントの変化に振り回される精神状態から生まれるような気がするね。

僕たちは政府や権威に設定された時代や時間を生きているのではありません。僕たち自身の持って生まれた時間を生きているのです。

なのに日々を暮らしていると、時々、この世界に生まれたことが奇跡だという大切な事実をつい忘れてしまうようだ。

僕たちは人生を通じて、それぞれの時間を生きているんだぜ。なのにその貴重な時間を、むやみに売り渡してはいないか?

大人ならば会社の仕事という絶対的な義務のために、学生ならば学校や教育システムという既存の大きな枠組みの中に取り込まれて、あるいはまた、友人の和を乱さないためだったり、家族のしがらみに巻き込まれていたり、様々な形で、良くも悪くも僕らは自分自身の時間を奪われているのだと自覚したい。奇跡のような日々を押しつぶす様々な要素に無自覚なのは本当に残念なことだ。

例えばこの数年、中学校や高校で運動クラブの拘束時間の問題があります。

勉強も大事、スポーツも大事、芸術も大事。

あまりにも当たり前のこと。

ところがここ二、三年、運動部が異常なほど長時間にわたる練習時間を取り、土日は試合が入るという週七日制が定着してきているようです。

クラブ活動優先のため、他のことが何もできないという状況に陥っている生徒を僕はすでに何人も見てきました。

バランスが悪すぎでしょ。

僕たちの時間は限られている。一週間に七日間、運動クラブをすることが本当に幸福なのかな。もちろんその競技が大好きで大好きでたまらないという人はいると思うし、実際国の強化選手ともなればそういうことは当然でしょう。だけど、一般の生徒たちが週七日運動クラブ漬けというのは本当に健全なことなのだろうか。これで本当に心身のバランスが保たれていると言えるのだろうか。特に学校生活において、それは有意義といえるのか。

僕たちの時間は、僕たちが選ぶべきです。

そして、彼らの時間は、彼らに選ばせてください。

その大切な時間を奪ってまで、子供たちを運動漬けにするのは常軌を逸していると僕は思う。ぜひ多くの学校にお願いしたい。運動クラブのクラブ活動をすることで加点するというシステムを見直していただきたい。運動クラブをやらないと協調性がないと批難しないでいただきたい。試合に出る限り授業を受けなくても良いというやり方は確実に間違っているので、やめていただきたい。

企業がブラック化していると言われて久しい昨今ですが、学校のクラブ活動もオリンピック前で調子に乗ってブラック化していませんか?

この極端な傾向はここ数年のことであり、かなり一時的なことだと思いますが、無自覚なままでいるわけにはいかないほど悪化している。

毎日のように様々な生徒たちと時を過ごしながら、僕たちの時間をなんとしてもとりもどさなければと思う今日この頃です。

運動もやり、勉強もやり、芸術もやり、結局はなにごともバランスではないでしょうか。

だから、僕は芝居をやり、音楽をやり、英語をやり、演劇論をやる。楽しい!これだな。他人の時間を無駄に奪うこともなければ、自分の貴重な時間を奪われることもない。みんなが豊かになれる。バランスだよ!!

僕たちの時間は、僕たちの豊かな時間にしたいものだね。